【抄録】かめのり講演会・鼎談2025

2025.09.19

 2025年8月18日(月)に、「学校・地域で育む、未来を担う地球市民~地球と日本の未来を見据え、教育者にこれから求められる視点とは~」をテーマに講演会・鼎談を開催しました。

 

 公益財団法人国際文化フォーラム理事長の佐藤郡衛氏からは「日本の教育の『当たり前』を問い直す―多文化化する教育のビジョンとは」をテーマに、カリフォルニア大学サンディエゴ校名誉教授の當作靖彦氏にはつながる教育: 激動の時代、不動の理念」をテーマに講演いただき、その後、かめのり財団理事長の宮嶋泰子を迎え、3名による鼎談が実現しました。

 


 

「学校・地域で育む、未来を担う地球市民

~地球と日本の未来を見据え、教育者にこれから求められる視点とは~」

 

 

 

 公益財団法人かめのり財団は、2025年8月18日(月)、講演会・鼎談 「学校・地域で育む、未来を担う地球市民~地球と日本の未来を見据え、教育者にこれから求められる視点とは~」を実施しました。

 

 教育関係者や教育に関心を持つ方々を対象とし、会場とオンラインを合わせて200名を超える方々にご参加いただきました。その内容をダイジェストでご紹介します。

 

 

 「日本の教育の『当たり前』を問い直す―多文化化する教育のビジョンとは」

 講演:佐藤郡衛氏(公益財団法人国際文化フォーラム理事長、独立行政法人国際交流基金日本語国際センター所長)

 

 

 

 学校は、文化、言語、民族、ジェンダー、障がいの有無、性的多様性など、多様な背景の子どもたちがともに学ぶ場です。特に今、社会の多文化化を反映して外国人児童・生徒が増加し、学校は「共生」の現実が問われる場になっています。

 

 多文化化する教育現場で生じる課題の背景には、これまでの教育の「当たり前」があります。平等主義・正答主義といった教育の規範や、自文化中心主義やステレオタイプといった文化的なバイアスが存在していますが、これらの「当たり前」を問い直すことが今、求められていると言えるでしょう。

 

 問い直しの契機は、揺らぎや戸惑いの「体験」、「理論、言語化」です。そこから生まれた気づきを「問い」へと発展させることが、教師が自らの固定化した考えを揺るがし、抜け出していくことつながります。教師は異文化間能力を育み、多様な関わり方や見えないカリキュラムの可視化と組み換え、学び捨てによって、多様な子どもたちとの非対称的な関係を再構築していきます。その過程においては、学び合いや研修が有効です。アート表現を使って感情を表出させていくArts-Based Research型研修や、オープンダイアログ的なアプローチ、ケース共有型研修などの実践例があります。

 

 今後、多文化共生の教育の視点を改めて育んでいくことが必要です。共生には4つの側面(個・他者・社会・環境)がありますが、これらを構造化するためには、OECDが提示するウェルビーイングやエージェンーといった概念が有効でしょう。大事なのは、「寛容」をキーワードに多様性を受け入れ、すべての子どもを対象とする教育です。そして、より良い社会づくりのために行動できる実践主体「エージェンシー」を育てることです。多文化共生の教育の理念の明確化、エビデンスベースの政策立案と財政支援によって、着実に実行していくことが期待されています。

 

 

 「つながる教育: 激動の時代、不動の理念」 

 講演當作靖彦氏(カリフォルニア大学サンディエゴ校名誉教授、元全米日本語教育学会(AATJ)会長)

 

 

 

 

 日本が発展を遂げた要因の一つは、人の力でした。日本が“劣化”する今、教育を変えていかなければなりません。現在そして未来を幸福に、生産的に生きることが出来る人間。また、自分の能力を使って住みやすい社会を作リ出す人間。そういった「地球市民」を育てることが、教育の目的です。

 

 人間は社会的動物であり、他者との関係性の中で考え、学びます。人間と人間の関係や、人間と物の関係を学び、つながりを作ることこそ、学習です。教育とは、「つながりを作ることを教えること」だと私は考えます。教育は、社会に働きかけるソーシャルエージェント(社会的行為者)となる人々を育て、彼ら・彼女らにソーシャルキャピタル(社会資産)をもたらします。

 

 最も効果的な学習方法は、社会活動でしょう。他者とのやり取りを通じて、信頼関係が生まれ、人は認知的・情緒的に成長します。学習が実生活と関連し、好奇心が掻き立てられます。好奇心こそが、学習の動機づけになるのです。

 

 そのような教育は日本で行われているでしょうか。ミシェル・フーコーは学校を刑務所に例え、細かく管理される環境下で多様性や創造性は抑圧されると指摘しました。ケン・ロビンソンは、今の教育では、現代社会に必要な知識・能力を身につけるのは難しいと述べています。産業革命時代の価値観に基づいており、21世紀の社会・個人のニーズを満たすものではないと指摘します。日本の教育制度はこれまで、自ら考えて動く「エージェンシー」より、決まりやシステムに従う「コンプライアンス」重視でした。それでよいのでしょうか。

 

 日本のシステムはあまりにも強固で、教育を急に変えるのは難しいでしょう。大切なのは、先生が強い理念を持ち、学生としっかりとつながることです。行政には、多忙な教師が学生とつながる余裕を持つための環境づくりに予算を付けてほしいと期待しています。

 

「これから求められる教育とは

 ~OECDが掲げる学びのコンパス LEARNING COMPASS 2030 その中間年に現状から考える~ 」

 鼎談:佐藤 郡衛 氏、當作 靖彦 氏、宮嶋 泰子(公益財団法人かめのり財団理事長)

 

  

 

 

 鼎談では、映画「小学校~それは小さな社会~」とOECD(経済協力開発機構)の「学びの羅針盤2030(Learning compass 2030)」を参考に、議論を行いました。

 

宮嶋:ラーニング・コンパスは米国でどう受け止められていますか。

 

當作:発表された2019年より後に生成AIが発展しましたので、古いという受け止め方があります。予測がつかないほどに急激に変化する世界では、周りの変化を見極めて、自分に必要な能力を判断し、身につけていくことが重要です。

 

佐藤:ラーニング・コンパスの考え方は、現行の学習指導要領にも反映されていると思います。育てたい資質能力をはっきりさせ、それに見合った活動を組んでいくコンピテンシーベースの教育になっています。次期学習指導要領においても自律的学びはキーワードになるでしょう。

 

宮嶋:自律的な学びに加えて、多文化化が進み、教師には様々なことが求められます。

 

佐藤:“Teaching Compass”の議論がOECDで盛んです。生徒を支える教師にとってのラーニング・コンパスです。例えば探究学習が単なる調べ学習で終わらないよう、カリキュラムの共通性を見つけ出せるか。教師がそれをできる余裕を持てるかが課題です。

 

宮嶋:教え方を変えるときにはメンターの存在が大事でないでしょうか。

 

佐藤:大事だと思います。新しいことにチャレンジできるしかけが求められます。

 

當作:教師のメンターの重要性は米国でも盛んに言われています。生成AIが発展し、教師も自分に必要な能力を見極められないと、教師を続けられない時代になりました。ビル・ゲイツ氏は、2030年に生き延びるために必要な能力を挙げましたが、その中に好奇心が含まれています。社会が変わっていくからこそ、好奇心を失ってはいけません。

 

会場からの質問:多文化共生の教育を進めるために、行政、企業、団体などは何が出来るでしょうか。

 

佐藤:多文化共生への反対意見も生じるなかで、エビデンスを示すことが重要だと考えます。将来の人口推計をもとに外国人労働力の必要性や、実際にエッセンシャルワークで働いている事例を示すのです。多文化共生の教育は、教育委員会が国際化を推進する部局や国際交流協会と連携することが必要です。組織同士というよりは、人と人とのつながりで進めると意外とうまくいくものです。企業や財団などが子どもたちのために資金援助をする例もあります。感情的否定やイデオロギー対立に持ち込まないためにも、エビデンスを交え、理解を得ることが求められるでしょう。

 

宮嶋:最後に一言お願いします。

 

當作:劣化している教育を変える議論がさらに活発になっても良いのではないでしょうか。学習指導要領のように、紙の上では素晴らしいものができても、実際に運用されないのはなぜなのか、皆で考えて実行に移すことが必要だと思います。

 

佐藤:従来は、変化に対応するための教育が考えられてきました、これからは、どういう社会を作りたいのかビジョンを先に作ったうえで教育を考えていくことが重要なのではないでしょうか。ラーニング・コンパスでいう予期的な能力です。新しい社会を作っていくために、知識はどうあるべきなのか、教育の中でも論点になってくるでしょう。

 

 

       

 

抄録執筆:近藤圭子

 

 


実施概要

 

かめのり講演会・鼎談2025
テーマ:「学校・地域で育む、未来を担う地球市民~地球と日本の未来を見据え、教育者にこれから求められる視点とは~」

開催日 2025年8月18日(月)14:00~17:15
場 所 アルカディア市ヶ谷及びZoomウェビナー
参加者 教育関係者、教育に関心のある方(会場、オンライン合計200名)